金網越しに小さな体をすり寄せ、すき間から入れた指をペロペロとなめた。7月末、東京都稲城市の新ゆりがおか動物病院。「おかちゃん」は黒いトラ柄に白い手足、長い尾が特徴の雌ネコだ。推定で生後4~5カ月。1000キロ離れた小笠原諸島・父島(東京都小笠原村)の山中で捕獲された。

サッカー・ワールドカップで日本代表が活躍した直後だったので、当時の岡田武史監督のニックネームを拝借した。鼻の傷跡に、飼いネコにはないたけだけしさがのぞく。「僕にはまだなれてないんだけど、このままうちにいてもらおうかな」。おりをのぞき込んだ小松泰史院長(53)が話しかけた。

ヤシ科のオガサワラビロウが傘のような葉を幾重にも広げて生い茂る父島南部の山林。7月6日、かご状のわなにかかったおかちゃんは、体を小刻みに震わせていた。近づくと突然、攻撃的になる。地元の自然ガイド、原田龍次郎さん(57)は手慣れた様子で「そんなに怖がるなよ」となだめ、かごを布で覆った。

大陸と地続きになったことがない小笠原。ノネコなどの外来種の多くは人が持ち込んだものだ。自然保護目的とはいえ、それらの駆除には反対意見もある。ネコのような愛玩動物ならなおさらだ。「だからここではネコの幸せも考えるんだ」と原田さんは言う。

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それは1本の電話から始まった。「ノネコを安楽死させる方法を教えてください」。05年6月、現地のNPO法人「小笠原自然文化研究所」で鳥類の生態を研究する鈴木創さん(45)は思い悩んだ末、受話器を取り、東京都獣医師会に相談した。直前に母島でカツオドリの繁殖地にノネコが侵入しているのを確認。父島でも天然記念物のアカガシラカラスバトが襲われている危険性が指摘されていた。「手を打たなければ絶滅は時間の問題だ」と思った。だが、電話口の獣医師は依頼をきっぱりと断り、逆にこう提案した。「そこまで決心したなら、こちらに送って。ネコも救おう」

それが小松院長だった。「言ってはみたが、こっちも半信半疑。凶暴なノネコが簡単になつくとは思えなかった」と打ち明ける。だが最初に送られた雄ネコのマイケルは今、丸々と太り、おとなしく小松院長の腕に抱かれている。これまで捕獲された約160匹は、都内70ほどの動物病院や一般家庭で飼われている。

「なぜ小笠原のネコだけ守るのか」。そんな批判もある。全国では毎年20万匹以上のネコが殺処分されているのだ。小松院長は言う。「みんな悩みながらやっている。これがベストではないし、ワーストでもない。自然や命を考える一つの通過点になればいい」

(毎日新聞9月21日付より抜粋)